久しぶりに書きたいことが出来たのでブログに書いておこうと思います。
言いたいことは表題の通りなのですが、これを特に「文章を書く仕事」について私は強く感じています。
こう感じるようになった理由は、二つあります。
一つ目は0から文章を最初から最後までAIを使わずに作りきることがめっきり減ってしまったこと。
二つ目はSNSなどによる隙間時間の奪い合いの熾烈化です。
Slack等でのコミュニケーションはともかくとして、最近は校正として一回ぐらい自分の書いた文章をAIに掛けて文章の構造をチェックするぐらいは当然のものとなっています。
別段、普段の生活や仕事の上でこれで困ることはないのですが、創作的な意味合いで文章を書くことに対しては現状なかなか難しい。
リサーチやアイデアの壁打ち相手としては非常に有用ですが、0からアイデアを温めている時が個人的に問題です。
その間の目に見える進捗のなさに焦れてしまい、この段階でAIに投げると尖った企画になりません。アイデアを尖らせるには(AIも居ない)一人の時間が必要なのではないかと思っています。
次に昨今のSNSやゲームやらによる可処分時間の取り合い合戦の話をしたいのですが、そのために少し寄り道をさせてください。
中学生のころに読んだ本に、作家の仕事は神様からの電話をワープロの前で待つこと。のようなことを書いている人がいました。要はその電話が脳みそにかかってきている間は自動筆記かのようにスラスラ文章が湧いてくるし、それをエディタや紙にただ書き付けているだけだが、その電話は何時かかってくるかわからないので、ひたすら白紙の前であーでもないこーでもないと待つ。それが作家の仕事だと、その方はいうのです。
この感覚自体は私を含めて多くの方が共感するだろうと思っていますが、これを読まれているあなたはどうでしょう?
しかも何といってもこの電話、私が思うに白紙と格闘しているときしか原則かかってきません。しかもかかってこないときは本当に何時間もかかってこない。今だとこの二進も三進もいかない時間に、SNSの通知などが割り込んでくるわけです。
ちょっと気分転換やアイデア探しにとアプリを開いてしまうと最後、着信音が聞こえることはありません。
厄介なのはAIと壁打ちしている時も個人的にはそう(=文章執筆の没頭状態)に入ることがないことです。
結局、仕事のメールなどは伝えたい要件が大体の場合最初から明白なので、誤解と失礼の内容に文章を書いていけばいいので、そもそも文を書くのに詰まるということがあまり発生しません。
しかし仕事の企画を考えるであるとか、あるいは(趣味であれ仕事であれ)なんらかの小説やシナリオを書くといったケースでは「書きたいこと」を脳みそをひっくり返してなんか無いかと探している時間の方が実際にキーをたたいている時間より圧倒的に長いのです。少なくとも私の場合は。
それはとりもなおさず、どれだけ辛抱強く白紙の前でちょっと書いてはやっぱり違うと消してを繰り返す時間を確保するかが最終的なアウトプットの量と質につながってくるのだということと、その時間の価値が上二つの要因によってどんどん上がっているのだということだと思います。
これを書いている間も常駐しているチャットアプリに、人やボットからの通知が何度も飛んできています。
しかし、それはそれとして白紙と向き合う。これをしないとアウトプットはおろか、そもそも自力で文章を書く体力も落ちてしまうのではないかという恐怖に駆られたので、自戒としてここに残します。
蛇足:高校生の時は休みなら一日10KB、ノった日には20KBぐらいは書いていましたが(一文字2バイトの時代です)、今は10はまだしも20はしんどいな・・。


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